2026年9月3日、台北市中心部のオフィスビルで、観客わずか約20人の閉門上映会が開かれた。上映されたのは81年前のソ連の対日戦争ドキュメンタリー――数字だけ見ると、ずいぶん小さな話に見える。
しかも9月3日は、ロシアが「軍国主義日本に対する勝利と第二次世界大戦終結の日」と位置づける日で、ロシア側の駐台窓口は映画とあわせて「日本投降」の歴史文献展も開いていた。ところが台湾政府はこれを軽く流さなかった。台湾の国家安全会議は、中露による「認知作戦」連携を注視していると説明した。妙なのは、映画会の規模は小さいのに、警戒のレベルは国家級だったことだ。
しかもこれは、街角の一般向け上映ではない。Reutersによれば、会場は招待制で、記者の入場は拒否された。台湾外交部は招待客がおよそ20人で、学術関係者が呼ばれていたと説明し、出席者には元記者、ビジネス関係者、学者など「人前で発信できる立場」の人物が含まれていたという。数だけ見れば20人だが、見方を変えれば、20人の観客ではなく、20個の情報伝達ノードになり得る。