ブラジルの怪異「Perna Cabeluda」――人を蹴る毛むくじゃらの脚は、なぜ新聞から街へ飛び出したのか

ブラジルには、胴体も頭もないのに夜道を走り回り、人を蹴る「毛むくじゃらの脚」の怪談がある。名前はPerna Cabeluda(ペルナ・カベルーダ/毛深い脚)。字面だけでもかなり妙だが、この話の本当に面白いところは、怪物そのものより「どうやって怪物が作られていったのか」のほうにある。

しかもこれは、どこかの山奥に昔から伝わる民話ではない。紙面で確認できる最初期の記録は1975年12月10日。場所はブラジル北東部ペルナンブコ州、州都レシフェ近郊のサン・ロウレンソ・ダ・マタ市チウマ地区だった。2025年から2026年にかけて現地メディアが改めて当時の資料を掘り返したことで、この奇怪な都市伝説は「変な怪談」から「社会史の入口」に化けている。

最初に新聞に出た時点では、まだ“人を蹴る怪物”ではなかった

ここがまず大事だ。後年のイメージだけで考えると、Perna Cabeludaは最初から夜道で暴れるB級怪物のように見える。だが、現地紙の回顧記事によれば、1975年12月10日の最初期記事は「Perna fantasma surge em moradia em Tiúma(チウマの住宅に幽霊の脚が現れる)」という内容で、中心にあったのは家の壁に現れる脚のイメージだった。

神父、牧師、心霊主義者まで関わり、近所から多くの見物人が押しかけた。出発点は、夜道の怪物というより「一軒家で騒ぎになった気味の悪い怪異」に近い。

つまり、最初から完成された妖怪がいたわけではない。 まず「壁に現れる脚」があった。翌11日にも続報が掲載され、ほどなく「毛深い脚」という呼び名や、蹴る、倒す、追い回すといった属性が付いていく。怪談が成長していく過程が、新聞記録の上にうっすら残っているのが、このネタの異様においしいところだ。


1975年ブラジル北東部の住宅で壁に現れる脚の怪影を見つめる人々のイメージ
AI生成による解説イメージです。実際の現場・人物を再現したものではありません。

なぜ「脚だけ」なのか。ここは一次資料で明快な答えが出ているわけではない。ただ、最初の段階が壁の像や断片的な目撃だったことを考えると、全身の怪物よりも、断片だけが突出して現れるほうがむしろ自然だったとも考えられる。

完成された怪物というより、噂の中で切り出された部品。その不完全さが、かえって気味悪さを増したのかもしれない。

怪談を巨大化させたのは、幽霊より新聞とラジオだった

Perna Cabeludaをさらに面白くしているのは、ここから先だ。話は住宅一軒の珍騒動で終わらなかった。新聞が取り上げ、ラジオが乗り、さらにコルデル文学と呼ばれるブラジル北東部の大衆的な韻文冊子にも流れ込んでいく。

1976年1月末にはすでにコルデル作品が存在し、2月には歌やカーニバルの題材にまで広がったとされる。今風に言えば、地方怪談がわずか数か月でミーム化したようなものだ。

ただし、「誰が最初に作ったのか」は決着していない。新聞記者・作家のRaimundo Carreroは、自身や新聞社周辺のやり取りが発端だったと後年に語っている。一方で、ラジオ記者Jota Ferreiraも、自分がラジオ番組で作った話が発端だったと主張した。

2023年の学術論文も、Perna Cabeludaの起源には複数の説があるとしている。だから、「新聞がゼロから発明した」と言い切るより、「新聞・ラジオ・口コミが一緒になって怪物を育てた」と見るほうが実態に近い。

このへんが実にイヤらしくて良い。昔話なら「村人が恐れていた」で済むが、この話は違う。メディアが怪談の繁殖装置そのものになっている。 見たと語る人がいて、書く人がいて、盛る人がいて、広める人がいた。

その結果、壁の上の怪影は、夜の街で人を蹴る都市伝説へ変形した。怪物が街を歩いたというより、ニュース欄と電波の中で培養されたと言ったほうがしっくりくる。


新聞やラジオなどを通じてPerna Cabeludaの噂が広がる様子のイメージ
都市伝説の拡散過程を表現したAI生成の概念イメージです。実際の新聞紙面や出来事を再現したものではありません。

1975年のブラジルだから、ただの怪談で終わらない

Perna Cabeludaを単なる笑える怪談で終わらせないのが、1975年という時代背景だ。当時のブラジルは軍事政権下にあり、報道は検閲の圧力を受けていた。

ブラジル政府の法令では、1970年1月26日のDecreto-Lei nº 1.077によって出版物などへの事前検閲が強化された。ブラジル国立公文書館系の「Memórias Reveladas」も、当時の報道機関が検閲や自己検閲の圧力下に置かれていたことを説明している。

そして、Diário de Pernambucoの2026年記事でCarreroは、当時は政権批判だけでなく、女性への暴力に関する報道も制約されていたと回想している。

ここは重要だが、同時に慎重さも必要だ。この部分は主としてCarreroの後年の証言に依拠しており、今回確認した政府資料だけでは「女性への暴力報道を一律に禁止する命令」までは確認できなかった。 したがって、史実として断定するより、「当事者はそう振り返っている」と捉えるのが妥当だろう。

とはいえ、この証言を手がかりに見えてくる構図はかなり不気味だ。現実の暴力をそのまま書きにくい空気の中で、怪談の形を取ることで社会の暗部が紙面に入り込んだ可能性がある。

Carreroは、夫から暴力を受けたことを正面から語れない女性が「毛むくじゃらの脚にやられた」と説明するケースもあったと回想している。もしそうだとすれば、この怪談は単なる与太話ではなく、現実の暴力が奇妙な仮面をかぶって出てきたものでもある。


1970年代ブラジルの新聞編集室と検閲を象徴的に描いたイメージ
軍政下の検閲と報道の関係を表現したAI生成の概念イメージです。実在の新聞社・人物・紙面を再現したものではありません。

変なだけで終わらず、社会の裏口までつながっている

この話が面白いのは、見出しだけ読むと完全にバカ話なのに、読んでいくとメディア史、検閲史、都市伝説論に変わっていくところだ。しかも、最初から政治や歴史の話として構える必要がない。

入口はあくまで「なんで脚だけなんだよ」でいい。そこから新聞記事、ラジオ、コルデル、軍政下の空気へと降りていけば、怪奇好きの異端マニアにはちょうどいい反転になる。

日本でいえば、学校の怪談や口裂け女の系譜に近いようで、少し違う。Perna Cabeludaは、噂とマスメディアが互いに増幅し合った過程が、新聞記録から比較的見えやすい

この露骨さが実にB級的だ。噂が先にあったのか、メディアが怪物を太らせたのか。どうやら一方向の話ではない。民間の噂と報道、大衆文化が混ざり合って、街全体で共同制作された怪物と見るほうが、この話の妙味はよく出る。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★★☆☆☆
社会的深刻度
★★★★

【編集者が思うこと】

これ、俺はかなり好きですね。怪談なのに、読み進めると「脚が変」じゃなくて「社会のほうが変」になっていく。そこが妙なんだよな。

日本にも変な都市伝説は山ほどあるけど、ここまで新聞社の手触りが残ってる話はそう多くない。しかも最初は壁の怪影みたいな話だったものが、メディアを通って「夜道で人を蹴る脚」へ育っていく。

雑誌ライター目線で言うと、こういうのは怪異そのものより怪異の製造工程がうまい。B級の皮をかぶった社会史。こういう反転があるネタは、やっぱり強いです。

参考資料