人が死んでも、写真は残る。動画も声も残る。そして現在は、そこから「返事をする死者」まで作れるようになった。
2026年7月21日、米国シカゴで開かれたTechChicago Weekの関連イベントに、かなり異様な「父親」が登場した。シカゴでマーケティング会社を経営するBrian Dema氏が、約4年前に亡くなった父J. Richard Dema氏をAIで再現した「RichieBot」である。
制作費は約15万ドル。19人が約6か月を費やし、父親が残した1万7500ページの文書に加え、音声や映像などを材料にした。 SF映画の設定ではない。2026年のアメリカで実際に行われた「死者の再構築」である。
父親が残した「5台のファイルキャビネット」をAIへ入れた
Richard氏は生前、マーケターやエンターテインメント・プロデューサーとして活動していた。死後には顧客メモ、仕事上の文章、営業研修資料、未完成の本など、大量の資料が残された。Brian氏はそれらをスキャンし、計1万7500ページをAnthropicの生成AI「Claude」に読み込ませた。
さらに保存してあった留守番電話などから声を再現し、父親の頭部を立体化。画面と鏡を組み合わせたホログラム風の姿まで作った。単なるチャットボットではなく、話し方、人格、記憶、外見まで含めて「父親らしさ」を再構築する実験だった。
AI生成によるイメージです。実際のRichieBot、人物、展示会場を再現したものではありません。
ここまで聞くと、「1万7500ページも本人の文章があれば、かなり本人に近づくのではないか」と思う。しかし、この実験の面白いところは、むしろ近づかなかった部分にある。
1万7500ページを読ませても「父親」にはならなかった
プロジェクトでは、Richard氏をよく知る親族、友人、元顧客など11人の回答から本人の心理的プロフィールを作り、RichieBotと比較した。
するとAI版は、本物のRichard氏より外向的な人物として振る舞う傾向があり、本人特有のユーモアも十分には再現できなかったという。Brian氏自身も、父には特徴的な笑い方があったがBotにはそれがないと認めている。
つまり、1万7500ページの情報を持っていても、「その人」にはならない。
ここがRichieBotを単なるAI珍ニュースで終わらせるには惜しい部分だ。人間の人格とは、文章に書いた思想だけではない。間の取り方、冗談の癖、誰には強く言い、誰には弱くなるのか。機嫌が悪い日の反応や、説明しようのない笑い方まで含めて一人の人間なのである。
AI生成による概念イメージです。J. Richard Dema氏本人やRichieBotの実際の姿を再現したものではありません。
もっと奇妙なのは、遺族自身が「死者」を編集すること
これはRichieBotだけの問題でもない。生成AIで故人を再現する技術は「griefbot」「deadbot」などと呼ばれ、研究対象にもなっている。
2026年にCHI Conferenceで発表された研究では、中国でDeadbotを1か月以上利用していた26人に詳しい聞き取りを行った。その結果、利用者は単に故人の情報をAIへ渡して、その再現を眺めていたわけではなかった。
残したい記憶を選び、思い出してほしい性格を与え、AIとの会話を繰り返しながら調整する。結果として出来上がるのは、実際の故人の記憶と、遺族が「こういう人だった」と思う人物像が混ざった理想化されたデジタル人物だった。
死者をAIが再現しているようで、実は生きている人間が死者を編集している。
さらに研究では、AIとの会話を続けるうちに、AIが作った新しい内容と実際の記憶との境界が曖昧になる可能性まで指摘された。写真アルバムなら、死んだ父親が昨日の出来事について意見を言うことはない。しかしAIは言える。「お前なら大丈夫だ」「その仕事は受けた方がいい」と、本人が生前には一度も発していない言葉を、本人らしい口調で生成する。
それは記録の再生ではない。死者の記録を材料にした、新しい文章の生成である。
亡くなった本人は「AIになりたい」と言ったのか
もう一つ避けて通れないのが同意の問題だ。RichieBotについてBrian氏は、父ならこの試みを認めただろうと考えている。ただし、これは本人が生前に明確な許可を残したという意味ではない。
2026年の研究では、griefbotについて作成、利用、削除、肖像や個人情報の使用に関する同意を重視すべきだと提案されている。故人だけでなく、家族に精神的な負担を与える可能性もあるからだ。RichieBotでも、再現されたRichard氏を見て、悲しみが再び強くなった親族がいたという。
法律もまだ、この世界を完全には整理できていない。カリフォルニア州では2024年、亡くなった俳優などのデジタル複製を映画、テレビ、ゲーム、音声作品などで商業利用する際、原則として遺産管理側の同意を求めるAB 1836が成立した。ただし、これは家族が個人的に亡父AIを作って会話する問題と同じ法律問題ではない。
AI生成によるイメージです。実在する家族、故人、griefbotサービスの画面を再現したものではありません。
これは「デジタル幽霊」なのか
Brian氏本人はRichieBotについて、父親そのものではないと理解している。それでも、父親らしい存在から助言を受けることには心地よさを感じるという。
この距離感は重要だろう。「本物ではない」と分かったうえで、故人を思い出す装置として使う。そこまでは、写真やビデオの延長とも考えられる。
しかし生成AIには一つ大きな違いがある。写真は勝手にしゃべらない。墓石は質問に答えない。録音は、生前に存在しなかった新しい思い出を追加しない。
生成AIは、死者の「続き」を対話のたびに生成できる。
だからRichieBotは、父親がコンピューターの中で蘇った話というより、もっと妙な話に見える。生成AIによって、私たちは死者の記録を保存するだけでなく、死者なら次に何を言っただろうかを機械に推測させるところまで来てしまったのである。
【編集者が思うこと】
俺はこういう話、大好きなんだけど、同時に妙に引っかかる。写真や声を残すのは分かる。でも「死んだ親父ならこう言うだろう」をAIが毎日生成し始めたら、そのうち俺の記憶にいる親父と、AIが作った親父のどっちが本物だったのか分からなくならないか。
しかも1万7500ページも資料があったのに、笑い方一つ再現できなかった。そこが面白い。人間って、データ量だけでは案外できていないらしい。 逆に言えば、「全部記録してAIへ突っ込めば俺を残せる」と思っても、出来上がるのは俺ではなく、俺の資料を猛烈に勉強した“俺っぽい別人”なのかもしれない。
デジタル幽霊という名前はオカルトっぽい。でも幽霊より厄介なのは、こちらが質問すると返事をしてくることだと思う。
参考資料
- The Wall Street Journal:A Dead Father, Reincarnated With AI: Is This How We Will Remember Loved Ones Now?
- Brian Dema:RichieBot: A Modern Legacy プロジェクト発表
- TechChicago:TechChicago Week 2026
- CHI 2026:Remember You: Understanding How Users Use Deadbots to Reconstruct Memories of the Deceased
- Journal of Responsible Technology:Principles of consent and non-addiction in AI grief bots
- State of California:Governor Newsom signs bills to protect digital likeness of performers