2025年7月16日、トルコ・イスタンブール。警察のサイバー犯罪対策部門が、スマートフォン向け占いサービスなどを運営する企業を捜索し、同日、「Faladdin」「Binnaz」の創業者Sertaç Taşdelen氏を拘束した。翌17日、裁判官の判断で勾留された。
捜査では、銀行口座や電子マネー機関の資産、車両、船舶、会社持分などに裁判所決定による差し押さえ措置が取られた。イスタンブール警察は、車両2台、船舶2隻、2社に対する資産差し押さえ措置について、市場価値を約1億750万トルコリラ相当と発表している。疑われたのは単なる「怪しい占い」ではない。占いなどから得た収益を、合法的な会社収入に見せかけて資金洗浄したのではないか、という捜査だった。
ただし、ここで「AIで占いをしたら逮捕された」と書いてしまうと話を間違える。AIの利用そのものが逮捕理由ではない。むしろ妙なのは、スマホ時代の占いアプリに、約100年前の法律と現代のサイバー犯罪規定が同時に登場したことである。
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スマホ占いの前に立ちはだかった1925年の法律
捜査で名前が挙がったのが、トルコの677号法である。制定は1925年。もともとは修道場や霊廟、宗教的な称号などを整理した共和国初期の法律だが、その条文には現在読んでもかなり強烈な単語が並ぶ。
対象には、占い、魔術、まじない、見えない世界について告げる行為などが含まれている。つまりトルコでは、占いは単なる娯楽ビジネスとして完全に自由というわけではない。
しかも突然2025年になって問題視されたわけでもない。2024年1月9日、トルコ商務省の広告委員会はFaladdinについて、占い師・霊媒師・占星術師などのサービス広告を禁止する広告規制に反すると判断し、広告停止を命じていた。Binnazにも同様の判断が出ている。
要するに、当局から見れば「何の問題もなかった人気アプリを、ある日突然捕まえた」という経緯ではない。
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ところが「占いだから犯罪収益」では話が一段足りない
ここからが、この事件で一番引っかかるところである。
トルコ刑法282条のマネーロンダリング罪は、原則として法定刑の下限が6か月以上の犯罪から生じた財産を対象とする。一方、677号法の一般的な占い等に対する刑罰は3か月以上の拘禁刑とされている。
つまり条文だけを見ると、「違法な占いで得た金だから、そのまま刑法282条の犯罪収益になる」と単純にはつながらない。
そこで気になるのが、警察発表に677号法と一緒に並んでいた刑法245/A条「禁止された装置・プログラム」である。この条文は、情報システムを使った犯罪などを行うため専ら作られたコンピュータープログラムや機器などを製造、販売、保有する行為等を対象とし、刑は1年以上3年以下。こちらなら282条が求める「下限6か月以上」を超える。
実際、2025年9月の起訴内容を伝えた現地報道では、検察側は占い行為と禁止された装置・プログラムに関する行為から得た収益を問題にしている。
ただし、普通に配布されている占いアプリのどこが245/A条のいう「犯罪のため専ら作られたプログラム」に当たるのか。公開されている資料だけでは、その法的な接続部分までは確認できない。 ここを勝手に埋めてしまうと記事ではなく推理小説になる。
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会社を作って税金を払えば「白い売上」になるのか
検察側の主張でもう一つ興味深いのがここだ。起訴状を報じたDHAによると、検察は、問題となる収益を会社の事業収入として扱い、課税することで合法的な利益であるように見せようとしたと主張している。海外口座への送金や暗号資産サービスを通じた資金移動も指摘された。
これは占い業界に限った話ではない。会社を登記した、請求書を出した、税金を払った――それだけで元の事業行為まで合法になるわけではない。 元になる収益が犯罪収益だと裁判で認定され、その出所を隠すための処理まで認定されれば、帳簿上は立派な「売上」でも別の問題になる。
逆に言えば、この事件ではそもそも何を「元になる犯罪」と認定できるのかが極めて重要になる。Faladdin側にとっても、ここは笑えない部分だろう。
本人は否認、しかもアプリはいまも動いている
Taşdelen氏は容疑を否認している。逮捕後の供述では、自身をテクノロジー起業家と位置づけ、AIも利用したアプリを制作している一方、自分自身は占い師ではなく、違法な資金洗浄もしていないと主張した。
2025年9月には刑法282条のマネーロンダリング罪で3年以上7年以下の拘禁刑などを求める起訴状が作成された。12月2日の初公判では、裁判所は勾留を解き、自宅から出ないことを条件とする司法統制付きで釈放した。
したがって、Taşdelen氏を「犯罪者」「詐欺師」と断定することはできない。 2026年9月21日時点で、今回確認できた信頼できる公開情報からは、この事件について有罪判決が確定したことも確認できなかった。
さらに妙なのは、Faladdinブランドのアプリ自体は消えていないことだ。Google Playでは現在も公開され、1000万回以上のダウンロードと表示されている。アプリ側は「2500万人超のユーザー」をうたい、現在の開発者表示はエストニアのTruemium OÜ。2026年9月17日にも更新されている。
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日本なら「占いをした」だけでは同じ話にならない
日本では、占いそのものをトルコの677号法のように一律禁止する仕組みではない。一方で、霊感などを使って「このままでは重大な不利益が起きる」と不安をあおり、契約すれば回避できるなどと告げて契約させる行為については、消費者契約法による取消しの対象になり得る。
つまり日本で問題になりやすいのは「占ったこと」そのものより、何を告げ、どう不安をあおり、どう金を払わせたかである。トルコのFaladdin事件とは入口がかなり違う。
この違いを無視して「海外ではAI占いをすると逮捕される」とまとめれば簡単だ。しかし実際には、100年前の占い規制、現代のコンピューター犯罪規定、犯罪収益規制が一つのスマホアプリを巡って交差している。そちらのほうが、よほど妙な事件である。
【編集者が思うこと】
俺が引っかかるのは、「占いが当たるか外れるか」じゃないんだよな。会社を作って、スマホアプリにして、決済を付けて、税金まで払えば、それで普通のITビジネスになるのかという話だ。当局はそこに「いや、元が違法なら話は別だろ」と突っ込んだ。
ただし逆に、俺ならもう一個聞きたい。では普通にアプリストアで配られている占いアプリの何が、犯罪用プログラムを想定した245/A条に当たるのか。 ここを裁判でどう説明するのかが一番見たい。「AI占いを作ったら逮捕!」だけなら昭和の怪しい週刊誌でも書ける。地球のB面としては、その一枚下をめくらないと面白くない。
参考資料
- İstanbul Emniyet Müdürlüğü:Siber Suçlarla Mücadele Şube Müdürlüğü Basın Duyurusu(2025年7月16日)
- トルコ大国民議会(TBMM):677号法原文
- トルコ司法省:Türk Ceza Kanunu(刑法245/A条・282条)
- トルコ商務省 Reklam Kurulu:第341回広告委員会決定(2024年1月9日、Faladdin・Binnaz関連)
- DHA:Sertaç Taşdelen氏の勾留決定(2025年7月17日)
- DHA:Sertaç Taşdelen氏の起訴内容、最大7年の拘禁刑を請求(2025年9月24日)
- Dünya:初公判で司法統制付き釈放(2025年12月2日)
- Rest of World:FaladdinのAIを利用した占いシステムと事業モデルに関する現地取材(2020年5月26日)
- Google Play:Faladdin Astrology & Horoscope
- 消費者庁:霊感等による知見を用いた勧誘への消費者契約法上の対応