黒いスパイダーマンが動物園へ忍び込み、壁の看板を外す。そして床に「世界平和」を訴える布を敷き、ポケモンのぬいぐるみを並べ、最後はポケモンカードを80枚ばらまいてバイクで逃走――。作り話のようだが、2026年9月、タイ南部の観光地サムイ島で実際に起きた事件である。
タイ紙『Khaosod』が2026年9月20日に詳報したところによると、逮捕されたのは36歳のフランス人男性サシャ。警察は前日の9月19日午後6時ごろ、島内のホテルで男を拘束した。したがって「9月20日に侵入した事件」というより、9月20日に詳しい内容が報じられた事件と見るのが正確だ。
「ポケモンを全部救え」から始まった
舞台はサムイ島メーナム地区のSamui Exotic Park。男は黒いスパイダーマン風のマスクと服装で敷地へ侵入し、カメラに向かって「すべてのポケモンを救い、この世界に平和を」と発言した。
その後、建物に掲げられていたイスラエル国旗に禁止マークを重ねた看板を取り外し、代わりに「IMAGINE ALL PEOPLE LIVING IN PEACE」と書かれた布を床に広げる。その上にポケモンのぬいぐるみを置き、「Save them all. Release them all」と訴えながらカードをまき、オートバイで立ち去った。
警察が押収したポケモンカードは80枚、ぬいぐるみは2体。さらにスパイダーマンの衣装、平和を訴える布、取り外した看板、オートバイも押収された。警察発表を伝えた現地報道によると、男は不法侵入容疑で捜査を受けている。

AI生成によるイメージ。実際の現場・人物・報道写真を再現したものではありません。
ポケモンには一応、本人なりの意味があった
ただの悪ふざけかと思うと、本人の説明には一応筋道がある。警察の取り調べに対し、サシャは園にあった表示が観光客の間に分断を生んでいると考えたため撤去した、と供述した。
ポケモンカードとぬいぐるみは自身のコレクションで、「動物を閉じ込めるべきではない」という考えを象徴させたという。つまり彼の中では、「人間を国籍で分断するな」と「動物を閉じ込めるな」を、世界平和とポケモンで一本につないだことになる。
もちろん、Samui Exotic Parkで動物虐待が確認されたという意味ではない。これはあくまで本人が説明した抗議の意図である。
実は動物園の方が、事件以前から大騒ぎだった
この事件が妙なのは、スパイダーマンだけを見ていると本質を半分見落とす点にある。Samui Exotic Parkは事件前から、イスラエル人客をめぐるトラブルでタイ国内のニュースになっていた。
2026年8月、イスラエル人家族が国籍を理由に入園を拒否されたと訴え、園の公式SNSには禁止マーク付きのイスラエル国旗やパレスチナ旗が映る投稿も確認された。一方、園側は一部の客による料金・園内ルール・動物の扱いをめぐるトラブルが先にあり、その後、家族や施設への脅迫を受けたと主張している。

AI生成による概念イメージ。実際の現場、SNS投稿、人物、政府機関などを再現したものではありません。
タイ治安当局は8月22日の段階で、この件を本来は個人間の争いであり、イスラエル人全体と地元住民の対立へ広げるべきではないと説明していた。それでも事態は収まらず、イスラエル人の関係者は脅迫事件で有罪となり、9月5日に国外退去命令。さらに9月7日には、園を運営するフランス人Kevin Diminoにも公共秩序などを理由とした国外退去命令が出された。
つまり黒いスパイダーマンが「世界平和」を訴えて飛び込んだ時点で、この小さな動物園はすでに中東問題まで持ち込まれた、国際対立の縮図のような場所になっていた。
世界平和を訴える方法が、なぜ不法侵入なのか
サシャには、それまで目立った違法行為の記録は確認されなかったという。勤務先もあり、2027年7月までタイでの滞在許可を持っていたと現地報道は伝えている。
だからこそ今回の行動は妙だ。「分断をやめろ」という主張自体と、他人の敷地へ無断で入り看板を勝手に外すことは別問題である。世界平和を訴えるために、結果として新しい警察案件を一つ増やしてしまった。スパイダーマンの衣装も、ポケモンも、そこを解決してはくれなかった。

AI生成によるイメージ。実際に警察が撮影した押収品写真ではなく、報道内容を基に構成したものです。
【編集者が思うこと】
世界平和を願う。動物も自由にしたい。言っていることだけ拾えば、そんなに変な話でもない。だが、そこで「よし、黒いスパイダーマンになってポケモンカードを80枚持って動物園へ忍び込もう」となるところが、どうにも地球のB面なんだよな。しかも乗り込んだ先が、すでに外国人同士の対立で政府まで動いていた場所。平和を訴えに行って新しい事件を一件追加するあたり、人類というのはなかなか平和にならない。
参考資料
- Khaosod(2026年9月20日)「จับหนุ่มฝรั่งเศส สวมชุดสไปเดอร์แมน บุกป่วนสวนสัตว์เกาะสมุย บอกมาช่วยชีวิตโปเกม่อน」 ― スパイダーマン姿での侵入、カード80枚、逮捕日時、本人供述など。
- Khaosod English(2026年8月14日)「Israeli family denied entry to exotic zoo on Koh Samui」 ― イスラエル人家族の入園拒否をめぐる騒動と園公式SNSについて。
- Khaosod English(2026年8月22日)「Surat Thani seeks visa revocation for Israeli, French nationals over Palestinian flag dispute」 ― スラートターニー県治安当局による騒動の経緯と見解。
- Khaosod English(2026年8月24日)「Samui zoo owner files complaint over alleged threats from Israeli tourists」 ― 動物園側が説明した料金・園内ルール・動物をめぐるトラブルと脅迫の主張。
- タイ王国政府(2026年9月10日)政府広報 ― Yaacov Ohayon、Kevin Dimino両名への国外退去命令と政府の説明。
- The Nation Thailand(2026年9月5日)「Anutin orders Israeli man deported after conviction over threatening messages」 ― Ohayonに対する有罪判決と国外退去命令。
- The Nation Thailand(2026年9月7日)「PM Anutin authorises Frenchman’s expulsion on public-order grounds」 ― Diminoへの国外退去命令とその理由。