2026年9月27日、洪水に見舞われていたタイ・バンコク。ペッチャブリー・タットマイ通り(New Phetchaburi Road)に、普通なら海や湖にいるはずの乗り物が現れた。
ジェットスキーである。
男性は冠水した道路へジェットスキーを持ち込み、車や住宅の横を走行。その様子は動画で撮影され、SNSには「B K K D R I F T」と投稿された。ところが翌28日、笑えないオチが付く。
裁判所は男性を有罪とし、ジェットスキーそのものまで没収した。
そこは遊び場ではなく、まだ冠水中の道路だった
事件が起きたのは、ペッチャブリー・タットマイ通りの北エカマイ交差点に近い一帯。バンコク都の冠水情報では、27日午前8時の段階でも、エカマイ―ペッチャブリー交差点からミットサムパン交差点付近まで小型車が通行できない状態と記録されていた。
つまり「雨上がりにちょうどいい水たまりができた」わけではない。住民は移動に苦労し、行政は排水や復旧対応を続けていた。その真ん中へジェットスキーを持ってきたのである。
※AI生成による解説イメージ。実際の現場・人物・車両を再現したものではなく、車両の形状・色や周囲の景観も実物とは異なります。
現地の投稿者は、当初「救助に来たのかと思った」としている。しかし実際には撮影スタッフが同行し、動画コンテンツを制作していた。さらに複数の現地報道では、ジェットスキーが起こした波で住宅の柵が損傷したとも伝えられている。ただし、今回確認できた判決は柵の損壊を別の犯罪として認定したものではない。
洪水で困っている側からすれば、生活道路を遊び場にされた形になる。
「みんなを笑顔にしたかった」が、警察は笑わなかった
マッカサン警察署は同日夜までに運転した男性と撮影者を特定。運転者には、公共の場所で他人に迷惑や苦痛を与える行為や、無許可で交通を妨げたとして容疑を告げた。撮影した人物についても、行為への関与を理由に立件された。
男性は警察に対し、海外生活が長くタイの文化を十分理解していなかった、他人が似たことをしているのを見て問題ないと思った、洪水でストレスを感じている人を笑顔にしたかった――という趣旨の説明をしたと報じられている。
本人は「Land of Smiles」という言葉にも触れ、みんなを楽しませたかったという趣旨を説明している。しかし、被災している住民の横で高速の水上バイクを走らせれば、笑顔より先に波が来る。
※AI生成による概念イメージ。実際の被災住宅・住民・車両を再現したものではありません。
罰金5000バーツだけ、ではない
翌9月28日、事件は早くもプラナコン北区裁判所へ送られた。警察段階では交通を妨げたとする容疑も告げられていたが、今回確認できる判決では、裁判所はタイ刑法397条2項と83条により、まず懲役1か月と罰金1万バーツを言い渡している。
男性が罪を認めたため、刑法78条により刑は半減され、最終的には懲役15日、罰金5000バーツ。懲役は1年間の執行猶予となったほか、1年間の保護観察、期間中3回の出頭、社会奉仕12時間も命じられた。
ここだけ見ると「罰金5000バーツなら、それほどでもない」と感じるかもしれない。だが今回、一番効いているのは最後である。
裁判所は、事件に使用したジェットスキーの没収まで命じた。
警察が「没収するぞ」と言っただけではなかった
警察は事情聴取・立件の段階からジェットスキーを証拠品として押収し、裁判所へ没収を求める方針を示していた。そして翌日の判決で、実際に没収が命じられた。
これは単に「水上バイクを道路で運転したから水上バイク違反」という話ではない。裁判所は、犯罪行為に使用された物としてジェットスキーを扱った。
動画のネタとしては数十秒。警察が動くまで数時間。翌日には裁判。そして最後は愛車ならぬ愛艇まで失う。
むしろ今回のタイ、処理だけを見ると妙に仕事が速い。
もちろん、この一件だけでタイの司法手続全体がいつも同じ速さだとは言えない。それでも今回、行為から判決までがほぼ一日だったこと自体は印象的である。
※AI生成による解説イメージ。実際の警察署・裁判所・押収現場・関係人物を再現したものではありません。
「まあタイだから」で済まなかった事件
タイにいると、交通、行政、生活習慣などで「そこはそんなに厳密じゃないのか」と感じる場面は確かにある。ただ、それを「何をやっても適当で済む国」と解釈すると話は別である。
今回も、道路が水没した瞬間だけを切り取れば、巨大な水遊び場にも見える。しかし実際には、その水の向こう側に家があり、店があり、車があり、復旧を待っている人がいる。
タイ・ジェットスキー協会の会長も、今回のように洪水中の道路を遊び目的で走り回る行為は不適切だとしたうえで、社会の役に立ちたいのであれば、船の登録や操縦資格、適切な訓練を整えたうえで救助活動に協力する方法があるという趣旨を述べている。
つまり妙なのは「洪水だからジェットスキーが登場したこと」ではない。救助にも使える道具を、よりによって被災地でコンテンツ撮影の道具にしてしまったことなのである。
【編集者が思うこと】
タイを見ていると、ときどき「まあ、このくらいならいいか」が日本より広いなあ、と思うことがある。だから俺も最初は、この事件を見て「タイなら警察に怒られて罰金払って終わりかな」と思った。
ところが今回は翌日に裁判まで行って、最後はジェットスキー没収。そこまでやるのかよ、と逆に驚いた。
でも考えてみれば、そこが妙なんだよな。洪水になった道路を見て「ジェットスキー乗れるじゃん」と考えるところまではB級ニュースだが、そこには本当に困っている住民がいる。タイの大らかさと、他人の生活を遊び道具にすることは別物である。その線を裁判所が翌日にはっきり引いたところまで含めて、実に『地球のB面』らしい事件だと思う。
参考資料
- バンコク都交通運輸局「バンコク洪水状況」 ― 2026年9月27日のペッチャブリー通り周辺の冠水・通行状況
- バンコク都フワイクワーン区役所 ― 水位低下後のペッチャブリー通りでの被災車両移動・交通復旧状況
- Khaosod ― 現地投稿者が当初「救助に来たと思った」とした状況、撮影スタッフの存在
- Khaosod ― 警察の捜査、運転者・撮影者への容疑、本人説明
- Daily News ― 「Land of Smiles」に触れた本人説明、警察による事情聴取・立件
- The Nation ― 「B K K D R I F T」の投稿、走行映像の内容
- Daily News ― 9月28日の起訴・判決内容、刑罰、ジェットスキー没収
- Matichon ― 判決内容、住宅柵損傷に関する報道
- Matichon/タイ・ジェットスキー協会会長コメント ― 洪水時のジェットスキー利用、登録・資格・救助活動について