2026年9月27日、タイ東部プラーチーンブリー県。洪水に見舞われた寺院ワット・ポートーンで、かなり厄介な避難対象が持ち上がった。
27歳、全長4m超、体重400kg超と報じられたワニの「Nuea Thong(ヌア・トーン)」である。飼育池周辺の冠水は約1.3mに達し、このまま水位が上がれば池から出て、近くのプラーチーンブリー川へ流出する恐れがあった。そこで寺側は、ワニが逃げてから捕まえるのではなく、逃げる前に避難させることにした。

AI生成による解説イメージです。実際のワット・ポートーンの建物配置、現場写真、ワニ個体を再現したものではありません。
400kgを逃がさないため、先に「逃がした」
寺から救援要請を受けたシーマハーポート郡の行政側は、水産当局、救助団体Ruamkatanyu Foundation、地元住民らと移送作業を開始した。ワニの口と脚をロープで固定し、道路まで運び出したうえで、トラック搭載型のクレーンで車両へ吊り上げた。
移送先は約20km離れた、洪水の影響を受けていない地域の一時飼育施設だった。つまり今回、巨大ワニは脱走していない。「400kgのワニが逃げた事件」ではなく、「400kgのワニが逃げる可能性を行政が先につぶした事件」なのである。

AI生成による解説イメージです。実際の移送作業や関係者、ワニの姿をそのまま再現したものではありません。
背景では、本物の洪水が進行していた
妙な絵面だけを見れば「寺の巨大ワニ騒動」で終わるが、周辺ではかなり深刻な洪水対応が進んでいた。タイ気象局は9月27日、プラーチーンブリー県を含む東部で激しい雨を予報していた。同日午前6時時点の政府防災当局の集計では、同県で4,106世帯が洪水の影響を受け、水位は上昇傾向にあった。午後にも政府広報は、プラーチーンブリー川の水位がさらに上昇する可能性を伝えている。
現地報道では、川からあふれた水がシーマハーポート郡の住宅や寺院へ入り込んでいたとされる。ワニ池だけのトラブルではなく、周囲そのものが巨大な水域へ変わっていく途中だった。池の柵が残っていても、水位が上がれば「池の中」と「池の外」の意味が薄れていく。400kgの大型ワニなら、流出してから探す方がはるかに厄介である。
そもそも、寺でワニを飼っていていいのか
日本人から見ると、ここでもう一つ引っかかる。「なぜ寺に400kgのワニがいるのか」である。
タイ水産局によれば、タイに生息するワニ類にはシャムワニ、イリエワニなどがあり、保護対象である一方、シャムワニとイリエワニについては法令に基づく許可の下で繁殖や所有などが可能とされている。ワニ養殖自体も管理対象の水産養殖事業で、地方の水産当局は所有許可や飼育状況を確認している。さらに洪水期には、飼育池の強度確認や公共水域への流出防止も呼びかけている。
ただし、今回のNuea Thongについて、種類、具体的な許可内容、いつからこの寺で飼われていたのかまでは確認できていない。「27歳だから27年間この寺にいる」「400kgだからイリエワニだ」といった推測はできない。報道で確認できる範囲では、あくまで27歳、4m超、400kg超の「ワニ」である。

AI生成による模式イメージです。画面内の複数のワニは、実際に複数個体がいたことを示すものではなく、同一個体が池から冠水域、川へ移動し得る経路を複数位置で表現しています。実際の現場地形を再現したものではありません。
タイらしい珍事件……と思ったら、今回は少し違った
タイの珍事件を追っていると、「そんな物をそこに置くのか」「なぜ問題が起きてから動くのか」と言いたくなる話には事欠かない。寺に400kgのワニがいるという時点で、十分にB面ではある。
ところが今回については、そこだけを笑うと事実を外す。寺側は水位が危険域へ達する前に助けを求め、行政、水産当局、救助隊が動き、巨大ワニが公共空間へ出てしまう前に20km先へ移した。
見た目は「洪水の寺からクレーンで巨大ワニ」という昭和の怪奇ニュースそのもの。しかし中身を分解すると、これは意外にもかなり真っ当な予防措置だった。タイのいい加減さに何度も参っている人ほど、今回は少し肩透かしを食うかもしれない。
【編集者が思うこと】
俺が一番引っかかったのは、ワニが柵を破ったわけでも、誰かが逃がしたわけでもないことだ。洪水になると、そもそも「ここから先がワニ池」という前提そのものが消えてしまう。柵の管理だけちゃんとしていればいい、という話ではなかった。
それにしても、「本日の災害対応、次は寺の400kgワニです」という案件が普通に行政へ飛んでくるあたりは、やっぱり絵面が強い。日本の役所だったら、会議室が一瞬静かになると思う。
ただ、タイを何でも「いい加減な国」で片付けるのも雑なんだろう。今回は寺側が早めに連絡し、行政も水産当局も救助隊も動いた。風景はB級なのに、対応はかなりA級寄り。そこが今回いちばん妙なんだよな。