フランスの旧市街で「洗濯物を見せるな」 景観保護はなぜ住民の暮らしまで規制するのか

2026年6月3日から、フランス南西部ロット=エ=ガロンヌ県の町ヴィルヌーヴ=シュル=ロットで、旧市街を中心とする一部区域の「外から見える洗濯物」を禁じる市の行政命令(arrêté municipal)が施行された。フランスのarrêté municipalは、日本で地方議会が制定する条例そのものではなく、市長側が行政・警察権限に基づいて出す命令に近い。

話だけ聞くと、いかにも「ヨーロッパの美しい町並み優先で、住民の生活感は退場です」という、やや嫌な味のするニュースに見える。ただ、この件を少し掘ると、単なる「パンツ禁止の珍規制」では終わらない。景観保護、観光振興、貧困、老朽住宅、省エネ、そして行政がどこまで日常生活に踏み込めるのか――。静かな旧市街の話に見えて、実際にはかなり面倒で、かなり現代的な問題が詰まっていた。

「パンツ禁止」ではなく、「道路から見える洗濯物」が対象だった

まず確認しておきたいのは、この規制が町全体の屋外干しを全面禁止したわけではないことだ。報道で確認できる範囲では、対象は中心市街地の歴史地区とその周辺で、公共空間から見える形で窓、バルコニー、外壁まわりなどに洗濯物を干す行為が問題にされている。市側の説明はかなり率直で、対象区域は「歴史的・観光的・商業的な性格を持つ地区」であり、その景観やイメージを守るのが目的だという。

つまり本件は、「洗濯物そのものが不潔だから禁止」ではなく、見える洗濯物が建物のファサードや町のイメージを損ねるという発想で進んでいる。観光ポスターの中世の街並みには生活臭を入れたくない、というわけだ。発想としては分からなくもないが、言い方を変えると「人が暮らしている証拠が景観ノイズ扱いされる」とも言える。

フランスの歴史地区で洗濯物の景観規制をイメージしたAI生成イラストAI生成による解説イメージ。実際のヴィルヌーヴ=シュル=ロットの街並み・標識・人物・取り締まり場面を再現したものではありません。

厄介なのは、その旧市街が「絵はがきの町」だけではないこと

ここで話が急に重くなる。ヴィルヌーヴ=シュル=ロットは、町全体で見ても2023年の貧困率が24%、空き家率が13.7%ある。さらに中心市街地には、フランス政府が都市政策上の優先支援地区に指定する「Bastide des deux rives」がある。反対派は、今回の規制区域にこの地区も含まれていると指摘している。

国の公式統計では、この優先支援地区の人口は2,906人、貧困率42.0%、16~25歳の非就学・無職率31.1%、ひとり親世帯27.2%。行政側の資料でも、旧市街中心部には2,593戸の住宅があり、その84%が賃貸または空き家で、一部には老朽化の進んだ建物もあると説明されている。

要するに、今回の規制がかかった中心部は、単に「観光客が散歩する美しい石畳の町」ではない。町が観光資源として磨きたい歴史地区の中に、生活条件の厳しい住民も暮らしている。ここを見落とすと、この話はただの「フランスの変な規制」で終わってしまう。

景観を守る理屈と、生活を守る理屈が真正面からぶつかる

反対派が問題にしているのはそこだ。庭、裏側のバルコニー、ランドリールーム、乾燥機などを持たない世帯もあり、35㎡程度の小さなアパートでは窓際が実質的な物干し場所になる場合がある、と主張している。行政から見れば「見えない場所に干してくれ」で済む話でも、その「見えない場所」が簡単には確保できない住民もいる。景観規制の負担が、代替手段の少ない住民ほど大きくなる可能性はある。

しかも時代が少し意地悪だ。フランスの環境機関ADEMEは、乾燥機が年間100~230kWh程度の電力を使う機種例を示しており、省エネの観点では自然乾燥が推奨されている。一方で、ADEMEの別資料では、室内での自然乾燥は室内湿度を大きく上げる行為でもあり、換気の悪い住宅では湿気や室内環境の問題につながる。外に干すな、乾燥機は電気を使う、室内干しは湿気を増やす――この三すくみは、古く狭い住宅ほど厄介になる。

室内干しと乾燥機、湿気の問題を表したAI生成イラストAI生成による概念イメージ。実在する住宅や住民、実際の室内環境を再現したものではありません。

市役所側にも理屈はある。ただし、無敵ではない

もちろん、市役所が単なる意地悪で動いていると決めつけるのも雑だ。広域自治体の資料では、旧市街の住宅再生のため、複数の関係機関が約200万ユーロを用意した改修支援事業が進められている。さらに、この地域には「Site Patrimonial Remarquable(SPR)」という、歴史的な建築や景観を保全する制度も設定されている。道路や広場、建物の外観に公費を入れて再生してきた以上、「表通りから見える洗濯物も景観政策の対象だ」と考えたくなる市側の理屈も理解はできる。

ただし、法的には完全に鉄壁とも言い切れない。2013年には、フランス南部レイヤンヌで公共用地に干された洗濯物を禁じた市長令について、マルセイユ行政控訴院が、公共秩序・平穏・衛生への支障が証明されていないとして取り消した例がある。今回のヴィルヌーヴ=シュル=ロットは、私有住宅の窓やバルコニーなども対象となり、規制区域や法的背景も異なるため単純比較はできない。それでも、少なくとも「景観のためなら何でも規制できる」ほど話は単純ではない

日本と比べると、やり方の違いがよく見える

日本でも景観を気にする自治体は多いが、少なくとも芦屋市は、市民から「ベランダの布団や洗濯物を法律や条例で規制できないのか」と問われた際に、「法律や条例による規制はありません」と回答している。マンションの管理規約などで決められている場合はあっても、行政が住民の物干し行為を直接指導するものではないとしている。

日本ではその一方で、住民の行動を直接禁止するのではなく、集合住宅のバルコニーや目隠しなどを工夫し、外から洗濯物が見えにくい建築にするという景観対策もある。つまり同じ「生活感を景観から目立たせない」という目的でも、住民の行動を規制する方法と、建物側の設計で処理する方法がある。

その意味で、今回のフランスの話が面白いのは、洗濯物そのものより、歴史地区を「人が暮らす町」として残すのか、「生活感を編集した景観」として見せるのかという選択が透けて見えるからだ。石畳も教会も保存する。でもそこで暮らす人の日常は見せたくない。そうなると、歴史都市は保存されているようでいて、少しずつ「住民のいるテーマパーク」に近づいていく。

フランスの洗濯物規制と日本の集合住宅の景観設計を比較したAI生成イラストAI生成による比較イメージ。フランスと日本の一般化した例であり、実在する建物・人物・取り締まり場面を再現したものではありません。

このニュースは、一見すると「フランス、またオシャレのやりすぎ」というB級小ネタで終わりそうだ。しかし、深掘りすると見えてくるのは、景観政策の負担を誰が背負うのかという、かなり生々しい問題だった。美しい町並みは大事だが、その美しさのために最初に消されるのが住民の洗濯物なら、次に消されるのは、もっと別の生活かもしれない。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★★★★
社会的深刻度
★★★☆☆

【編集者が思うこと】

そこが妙なんだよな、と思う。観光地として町をきれいに見せたい気持ちは分かるし、古い町並みを守るのも立派な話だ。でも、町って本来は人が住んで、洗って、干して、暮らしてるから町なんだよね。そこを「見えないようにしてください」で整えていくと、景観は守れても、生活のほうが余計者になる。日本でも生活感を景観から隠す発想はある。でも、建物側の設計で見えにくくする方法だってある。今回の町は、そこで暮らす人の行動そのものに行政命令で踏み込んだ。そこまで来ると、景観のためなら住民のパンツにまで行政が口を出す、という話になる。美しい旧市街って、結局だれのための舞台装置なんだろうな、と思わされる。

参考資料