夜の高速道路を走っていると、前方に黄色いフォルクスワーゲン・ビートルが現れる。妙に遅いので追い越す。ところが、しばらく走るとまた同じ黄色いビートルが前にいる。もう一度抜いても、またいる。そして横に並んだ瞬間、運転席には誰もいない。
マレーシアで「Volkswagen Kuning(黄色いフォルクスワーゲン)」として知られる都市伝説だ。現在ではクアラルンプールとパハン州方面を結ぶカラック高速道路の代表的な怪談として紹介されることが多い。しかし調べていくと、少々ややこしい。最初の目撃者、最初に語られた年月日、実在する事故との直接的な関係は確認できない。それどころか、古いネット上の記録をたどると、この幽霊車は最初からカラックに住んでいたのかさえ怪しくなってくる。
少なくとも2010年には、すでに「どこの怪談だっけ?」となっていた
確認できる古いネット記録を見ると、少なくとも2010年には、マレーシアのネット上でカラック高速道路の怪談が相当流通していた。その中に、黄色いVWも登場する。
ただし、そこですでに話は揺れている。掲示板では、黄色いVWについて「カラックだったか、ジェラパン高速道路だったか」と場所の記憶自体が曖昧な形跡が見られる。さらに2010年10月19日の怪談ブログ「Puaka Karak」は、黄色いVWが現れる場所をカラックではなく、ペラ州イポー近郊のジェラパン(Jelapang)周辺として紹介している。
AI生成によるイメージです。実在の目撃写真や現場を再現したものではありません。
しかもその種の語りには、「1956年から現れていた」「殺された夫の怨念が車に宿った」といった由来話まで付属している。しかし、これらを裏付ける警察資料や当時の報道は確認できない。
つまり、黄色いVW伝説は「カラックで起きた一件の事件」から始まった怪談とは限らない。別の道路で語られていた話がカラックへ移動したのか、似た話が各地で並行して育ったのか。現段階では、そこまでしか言えない。
怪談ではない。本当に起きた大事故もある
一方、カラック高速道路に重大事故の歴史があること自体は事実である。1990年2月28日、KM31付近で12台が関係する多重衝突事故が発生した。
マレーシア王立警察(PDRM)の公式回顧によると、下り坂を走っていた急行バスがブレーキの問題で制御を失い、車両群に衝突。連邦予備隊(FRU)の隊員11人と民間人4人、計15人が死亡した。
AI生成によるイメージです。実際の事故現場・人物・車両配置を再現したものではありません。
ここは注意したい。ネットでは死者数を17人とする記述も広く流通しており、古い掲示板でも17人という数字が出てくる。しかしPDRM公式記録では15人である。事故の日付まで異なる形で伝わっている例もある。
そして、この1990年事故が黄色いVW伝説の発祥だったと確認できる資料もない。実際の惨事を、そのまま幽霊話の「原因」にしてしまうのは雑である。ただし、多数の事故や死者の記憶を持つ道路が「何か出る場所」というイメージを獲得し、後から別の怪談を引き寄せた可能性は考えられる。
なぜ幽霊が「黄色いビートル」なのか
ここにも妙なリアリティがある。フォルクスワーゲンの公式資料によると、ビートルは1968年からマレーシアで現地組立が始まっている。Volkswagen Malaysiaも、かつてマレーシアではビートルが、その丸い姿から「kereta kura(亀の車)」と呼ばれ、多くの人が身近に見て育った車だったと紹介している。
つまり黄色いビートルは、外国映画から突然持ち込まれた謎の小道具ではない。現地の人間にとって昔の道路風景に存在していても不自然ではないクルマだった。
AI生成によるイメージです。歴史解説用のイメージであり、実在の人物・車両を特定するものではありません。
さらにビートルは、暗闇でも丸い屋根と独特の車体で識別しやすい。これは推測になるが、都市伝説では重要な条件だろう。「さっきの車と同じだった」と聞き手が一瞬で理解できるからだ。怪談に必要なのは高性能なクルマではなく、忘れにくい形をしたクルマなのかもしれない。
高速道路そのものが、怪談を作りやすい
幽霊を科学で説明できた、という話ではない。ただし長時間の単調な高速道路運転では、注意力や覚醒度が低下することは複数の運転研究で確認されている。夜間の単調運転では視覚疲労や眠気も強まりやすい。
暗闇、長時間運転、似た景色、距離感、前後を走る車。そこで「さっき追い越したはずの車に似ている」という小さな違和感が起きる。その体験が後から既知の怪談と結びつけば、話はさらに強くなる。だからといって黄色いVWの目撃談をすべて錯覚だと決めつける根拠もない。科学が説明できるのは、高速道路が奇妙な体験を生みやすい条件を持っているというところまでだ。
AI生成によるイメージです。運転時の疲労や認知のイメージであり、実在の人物・体験を再現したものではありません。
そして幽霊車は、ついに大衆文化へ走り出した
伝説はその後、完全に「カラックの黄色いVW」として有名になっていく。2016年9月22日には都市伝説を題材にしたマレーシア映画『Volkswagen Kuning』が公開された。そして2019年10月31日には、自動車メディアがVolkswagen Malaysiaのハロウィーン企画として、この黄色いビートル伝説を扱った映像を紹介している。
ここまで来ると、史実としてどこで始まったかとは別に、文化としての住所はほぼ決まったと言っていい。現在の黄色いVWは「カラック高速道路の怪談」として生きている。
ただ、古い記録を遡るとジェラパンが顔を出す。事故の日付や死者数まで語り継ぐ途中で変化する。そこがこの話の一番面白いところだ。幽霊車が追い越しても追い越しても前に現れるように、怪談そのものも場所と時代を乗り換えながら、何度でも人間の前に現れている。
【編集者が思うこと】
俺は「本当に幽霊が走っていたのか」だけなら、正直そこまで引っかからない。面白いのは、調べたら「そもそもカラックの話だったのか?」から怪しくなってくるところなんだよな。ジェラパンだという話もあり、事故の日付も人数も少しずつ変わり、それが映画になって、最後にはフォルクスワーゲン側までネタにする。黄色いVWより、怪談そのものの方がよほどしぶとい。追い越して置いてきたつもりでも、気が付くとまた前にいる。都市伝説って、たぶんこうやって走り続けるんだろう。
参考資料
- Polis Diraja Malaysia(PDRM)「#InfoPeristiwa: Tragedi Lebuh Raya Karak Korbankan 11 Anggota FRU」
- Volkswagen Newsroom「VW Beetle, the real miracle」
- mStar「Volkswagen Kuning Rungkai Kisah Misteri Popular」
- paultan.org「The legend of the Yellow Beetle on the Karak Highway」
- Puaka Karak(怪談ブログ)
- CariDotMy「MISTERI LEBUHRAYA KARAK: Urban Legend – MERGED」など2010年前後の掲示板記録(現行フォーラム構造上、URLが不安定なため題名のみ記載)
- Thiffault P, Bergeron J. “Monotony of road environment and driver fatigue: a simulator study” Accident Analysis & Prevention, 2003
- Schmidt EA et al. “Drivers’ misjudgement of vigilance state during prolonged monotonous daytime driving” Accident Analysis & Prevention, 2009