タイ旅行で寺院を何カ所も回っていると、巨大仏、金色の仏塔、洞窟寺院、妙にリアルな地獄絵図など、日本の寺とはかなり違う仏教文化に出会う。
しかし2024年11月20~26日、タイ中部のピチット県とカムペーンペット県で確認されたものは、その中でもかなり異質だった。関連する仏教施設3カ所を当局が調べた結果、合計85体の遺体が確認された。
しかも、そのうち41体が確認されたピチット県の修行施設には、600匹を超えるワニを飼育する大きな池まであった。
これだけ聞くと、かなり危ない宗教施設に思える。ところが調べていくと、話はそれほど単純ではない。遺体や身体の変化を観察し、自分自身の死や身体への執着を考える修行は、仏教の伝統の中に実際に存在する。
「85遺体」は一つの寺から出たわけではない
まず数字を整理しておきたい。
2024年11月20日、カムペーンペット県の修行施設で12体の遺体が確認された。続いてThai PBSは11月22日付で、ピチット県のパー・ナコン・チャイボウォン修行施設から41体が確認されたと報じた。さらに11月26日、同じピチット県のワット・パー・シーウィライで32体が確認された。
12+41+32=85体。
なお41体については、AFP配信では11月23日の発見として報じられており、現地報道との間に日付表現の差がある。ただし、41体という数字自体は複数の報道で一致している。
タイ国内外の記事には「73体」という数字も出てくる。これは誤報とは限らない。ピチット県内の2施設だけを合計すると41+32=73体になるからだ。
つまり、「一つの寺に85遺体」という理解は正確ではない。2県にある関連3施設の合計が85体というのが、2024年11月26日時点の現地報道から確認できる整理になる。
AI生成によるイメージです。実際の現場・施設を再現したものではありません。
実は「遺体を見る修行」は仏教に存在する
タイで主流なのは上座部仏教(Theravada Buddhism)である。日本では以前「小乗仏教」と呼ばれることも多かったが、現在は上座部仏教という呼称が一般的だ。
ここで関係してくるのが、不浄観(Asubha/Asubha-kammatthana)や墓地観想と呼ばれる系統の修行である。
初期仏教経典の『念処経(Satipatthana Sutta)』には、墓地に置かれた遺体や、その後変化していく身体を観察し、「自分の身体も同じ性質を持ち、その運命から逃れられない」と考える修行が記されている。
また、タイのMahachulalongkornrajavidyalaya Universityの研究では、遺体を瞑想対象とし、身体への執着や欲望を弱める不浄観が、上座部仏教の修行法として論じられている。
つまり、「遺体を見ながら瞑想する」という一点だけを取り出して、ただちに怪しい新興宗教の発明と決めつけることはできない。
AI生成による概念イメージです。実在する僧侶・寺院・修行場を再現したものではありません。
では「85体を保管する」のも伝統なのか
ここで話が一段ややこしくなる。
仏典に死や遺体を観想する修行が存在することと、現代の宗教施設が多数の遺体を継続的に保管し、独自の修行に利用することは同じ話ではない。
ピチット県の41体については死亡証明書などの書類が確認され、32体についても施設側から死亡証明書や遺体提供に関する書類が提示された。一方で当局は、遺体の身元、提供の経緯、親族の意思などを改めて確認している。
さらに施設を指導していた僧侶は、遺体を用いる方法について、自身が開発した瞑想技法の一部だと説明している。The Nationは別の関連施設について、子どもの集中力やマインドフルネス、いわゆる「psychic powers」を養う目的だったという施設側の説明も報じている。
ここは「仏教に昔から遺体を対象とする修行がある」から「今回の方法も伝統的仏教として問題ない」へ飛躍してはいけない部分である。
本人が献体しても、施設が自由に保管できるとは限らない
宗教上の是非とは別に、法律の問題もある。
タイ内務省地方行政局が公開している「墓地・火葬場法(Cemeteries and Crematoria Act, B.E.2528/1985年)」の英訳版では、第10条で、原則として認可された墓地・火葬施設など以外で人の遺体を保管、埋葬、火葬することを禁止し、その他の場所で行う場合には地方当局による書面での許可を求めている。
ここが今回の事件で最も重要な境界線かもしれない。
「私は死後、この施設に身体を提供します」という本人の意思が存在することと、宗教施設側がその場所で遺体を保管できる法的条件を満たしていることは別問題なのである。
当局が確認していたのも、単に「遺体は誰のものか」だけではない。書類や身元、親族との関係、そして遺体の保管方法が法律上認められるのかという点も含まれていた。
AI生成による解説イメージです。実際の行政機関・職員・事件関係者を再現したものではありません。
そして、なぜか600匹を超えるワニまでいた
この事件には、もう一つ強烈な要素がある。
41体の遺体が確認されたパー・ナコン・チャイボウォンには、600匹を超えるワニを飼育する大きな池があったとThai PBSが報じている。
ただし、ここは変な想像を膨らませない方がいい。ワニと遺体に直接関係があったことを示す証拠は確認できない。
弟子側の説明では、ワニの囲いを開けて修行者を中へ入れることはなく、修行者は柵の前で精神修行を行っていたという。
遺体を使った瞑想と、600匹を超えるワニがいる池。その二つが同じ修行施設内に存在していたという事実だけで、十分に異様ではある。
しかし、「タイの仏教は異常だ」で終わらせると、逆にこの事件の妙なところを見落とす。古い仏教修行を背景に持ちながら、現代の宗教指導者が独自の方法を組み立て、そこへ献体、法律、行政管理まで絡んだ。その境界が曖昧になったところに、この85遺体事件のB面がある。
AI生成によるイメージです。実際のワニ池・施設・僧侶を再現したものではなく、ワニと遺体の関連を示すものでもありません。
【編集者が思うこと】
タイの寺って、日本人の感覚から見ると「そこまでやるのか」と思うものが時々ある。今回も最初は、85遺体なんて完全に怪しい話だと思った。でも調べてみると、死体を見て自分の死を考えるような修行自体は、仏教の中にちゃんと根がある。
そこが妙なんだよな。本物の伝統が土台にあるからこそ、どこまでが昔から続く修行で、どこからが現代の指導者が作った独自方式なのか分かりにくくなる。しかも本人が身体を提供すると言ったとしても、それと施設が何十体も保管できるかは別の話。そして最後に600匹を超えるワニまで出てくる。作り話なら盛り過ぎなのに、現実の方が先に盛ってくる。こういうところに、地球のB面はあるんだと思う。
参考資料
- Thai PBS News「ค้นที่พักสงฆ์ป่านครไชยบวร จ.พิจิตร พบ 41 ศพ – บ่อจระเข้ฝึกจิต」(2024年11月22日)
- Thai PBS News「พบอีก 32 ศพในวัดป่า จ.พิจิตร นายอำเภอสั่งอายัดตรวจสอบ」(2024年11月26日)
- The Nation Thailand「12 bodies exhumed from controversial temple in Kamphaeng Phet」(2024年11月21日)
- The Nation Thailand「Cult horror: 32 additional bodies discovered in Phichit temple」(2024年11月26日)
- AFP / CBS News「Monastery in Thailand under investigation after authorities find 41 bodies allegedly used for meditation」(2024年11月25日)
- Thailand Department of Provincial Administration「Cemeteries and Crematoria Act, B.E.2528 (1985)」英訳版(2007年改正まで反映・非公式英訳)
- SuttaCentral「Majjhima Nikaya 10: Satipatthana Sutta」
- Mahachulalongkornrajavidyalaya University「A Study of Asubhakammatthana as the Base of Vipassanabhavana」(2022年)