「清掃員が列車を盗んで暴走」は本当だったのか?2013年スウェーデン列車事故、3日後に覆った真相

2013年1月15日午前2時23分55秒ごろ、スウェーデン・ストックホルム近郊。ネグリンゲ車両基地に留置されていた列車が突然動き出し、約1.7km先の終点サルトシェーバーデンへ向けて加速した。

列車はC10形電動車+C11形制御車を2組つないだ4両編成。SHKの事故解析上の編成重量は約90トン。車止めに衝突した時点で速度は約80km/hに達し、そのまま車止めを突破して、約30m先にあった集合住宅へ突っ込んだ。乗っていたのは清掃作業中だった女性1人。女性は重傷を負ったが、住宅側を含め、ほかに死傷者は出なかった。

そして翌16日、日本でもAFPBB Newsが「清掃員が無人列車を盗み暴走、住宅に突っ込む」と報じた。いかにも海外珍事件らしい見出しである。

ところが、その“列車泥棒”という物語は、わずか3日後に崩れていた。

世界を走った「清掃員が列車を盗んだ」というニュース

事故直後、清掃員は列車を故意に動かした疑いをかけられた。当時の運行会社Arrivaやストックホルム地域の公共交通側からも、列車が偶然動き出すとは考えにくいという趣旨の説明が出され、「清掃員が列車を勝手に運転した」という話が一気に広がった。

AFPの記事にも、列車を「盗んだ動機は分かっていない」とある。つまり当時は、単なるネットのデマではない。運行側や捜査当局から出ていた初期情報をもとに、世界の報道機関がニュース化したのである。

だが2013年1月18日、スウェーデン検察当局は女性への犯罪容疑を外した。技術調査から、列車と留置方法の周辺に複数の重大な安全上の問題が見つかり、女性が意図的に列車を走らせたことを示すものも確認できなかったからだ。

「列車泥棒」のはずだった人物は、3日後には犯罪容疑から外れ、事故原因そのものが安全上の問題を中心に調べ直されることになった。

雪の夜の鉄道車両基地で清掃作業と車両作業が行われるイメージAI生成による解説イメージ。実際のネグリンゲ車両基地・事故車両・人物を再現したものではありません。

列車を動かした最後の操作は「ドアを閉める」だった

2014年5月、スウェーデン国家事故調査委員会(SHK)が公表した最終報告書RJ 2014:03を読むと、この事故は「清掃員が運転を試して失敗した」どころではない。

事故当夜は氷点下で、ブレーキブロックが車輪に凍結する恐れがあった。ネグリンゲ車両基地には、列車を留置する際にブレーキを解放しておく専用設備があったが、問題の3番線では故障していた。故障は前年12月から報告されていたものの、事故当夜も使用できない状態だった。

そこで入換担当者は、別の方法でブレーキを解放した状態を作った。運転台を有効にし、デッドマン装置を物理的に押さえ、ブレーキがかからない状態を維持する。その過程で、力行ハンドルは最終的にフルパワー位置にある状態になっていた。一方、客室ドアが開いている間は牽引力が入らない状態になっていた。

担当者としては、これで列車が勝手に走り出すことはないと考えていた。

ところがSHKが実車を使った検証を行うと、恐ろしいことが分かった。なお、SHKは車両編成そのものに事故原因となる技術故障は確認できなかったとしている。問題は、故障したブレーキ解放設備への対応と、その結果として作られた運転台の特殊な状態だった。

その状態では、運転台から客室ドアを一斉に閉めるだけで牽引力が入り、列車が発進できた。

しかも中央ドア閉鎖は、清掃員が作業終了時に普通に行っていた手順だった。床から掃き出した砂やゴミがドア部分に残っていないか確認し、最後にドアを閉める。SHKは、清掃終了時のこの中央ドア閉鎖操作が、列車発進の最後の引き金になったと判断した。

列車の運転台と客室ドアの閉鎖操作を示す事故構造のイメージ事故構造を説明するAI生成イメージ。実際のC10・C11形の運転台や具体的な操作手順を再現したものではありません。

約90トンの電車が、2分弱で時速80kmへ

ドアが閉じると、列車はネグリンゲ基地からサルトシェーバーデン方向へ走り出した。

ここでも安全策がもう一つ抜けていた。基地から本線へ出るポイントが、暴走車両を止める方向ではなく、そのままサルトシェーバーデン方面へ進める位置に残されていたのである。SHKによれば、翌朝の最初の列車を出しやすくする事情や、ポイントの「正常位置」をめぐる運行会社とインフラ管理側の解釈の違いも背景にあった。

つまり、この事故は一つのミスではない。

ブレーキ解放設備が故障していた。代替作業が正式な手順ではなかった。運転台が特殊な状態で残された。ドア閉鎖で牽引力が入った。さらにポイントが本線方向を向いていた。

いくつもの穴が一直線につながってしまった。

列車は約1分40秒でおよそ1.7kmを走り、速度は約80km/hまで上昇した。この区間の最高速度は60km/hである。終点の車止めは突破され、先頭車は住宅へ突入した。

清掃員は列車の運転方法を知らず、教育の中には非常ブレーキの位置や操作方法も含まれていなかった。SHKは、彼女が停止操作をできなかったことについて、状況を考えれば理解できるとしている。

車両基地から終着駅へ続く暴走経路を模式的に示す鉄道路線イメージ暴走経路を模式的に表現したAI生成イメージ。実際の線路配置・車両・地形を再現したものではありません。

しかも壊れていた設備は、事故翌日に直った

この事故には、昭和のB級雑誌なら赤丸を付けたくなるような部分もある。

問題のブレーキ解放設備は2012年12月7日に故障が報告され、その後も正常に使えない状態が続いていた。ところが事故翌日、再び修理を依頼したところ、電気技師が変圧器のヒューズを交換すると設備は復旧した。

もちろん、だから誰か一人が怠けていた、と単純化できる話ではない。故障設備の担当範囲をめぐる認識違いなどもあった。ただ、1か月以上事故の背景に居座った問題が、事故後にはヒューズ交換で動くようになったという事実は、安全管理の怖さをよく表している。

「盗んだ」は消えた。でも古いニュースは消えない

Arriva側は、清掃員を早い段階で犯人扱いしたことについて後に謝罪した。現地SVTの取材に対し、Arrivaの広報責任者は、事故直後に「清掃員がやった」という話が一般的な事実として広がってしまったという趣旨の説明をしている。

その後、事故は労働安全の問題として調べられ、2017年にはArrivaに50万スウェーデンクローナの企業罰金が科され、重傷を負った清掃員には2万クローナの補償が認められた。

ところが2026年9月現在、日本語ウェブを検索すると、2013年1月16日に掲載されたAFPBB Newsの「清掃員が無人列車を盗み暴走、住宅に突っ込む」という記事はいまも読むことができる。

これはAFPだけを責めれば済む話ではない。当時の情報に基づいて書かれた速報だからだ。問題はむしろ、その後に容疑撤回、公式事故調査、労働安全上の責任まで明らかになったのに、最初のセンセーショナルな物語だけが、古いニュースとしてネット上に残り続けることがあるという点である。

初期報道と後の事故調査資料を対比したイメージ速報と後日判明した事実の落差を表現したAI生成イメージ。実在の新聞紙面・報告書・報道写真を再現したものではありません。

珍事件として読むほど、実際の事故のほうが妙だった

鉄道事故として見れば、この事件で本当に不可解なのは、「清掃員が列車を盗んだ」という部分ではない。

本来なら事故を止めるはずの複数の安全上の壁が、一つずつ消えていった結果、通常の清掃作業で列車が発進できる状態が完成していた。

そして報道の側でも、「盗んだ清掃員」という分かりやすい物語が先に世界へ走り出し、事故調査が追いつくころには、その見出しだけがネット上に定着していた。

列車の暴走は2分弱で終わった。

しかし「清掃員が列車を盗んだ」というニュースのほうは、13年以上たっても止まっていない。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★★☆☆☆
社会的深刻度
★★★★☆

【編集者が思うこと】

最初にこのニュースを見たら、俺だって「清掃員が電車を盗んで80km/hで突っ込んだのかよ」と思う。でも、その3日後には話がひっくり返っていた。

俺が引っかかるのはそこなんだよな。ネットって最新情報が何でも出てくるようで、実は一番派手だった第一報だけが永久保存されることがある。しかも今回、本当に怖いのは清掃員じゃない。故障設備、現場の代替手順、運転台の状態、ポイント、安全管理。その全部が妙な具合につながった結果、「ドアを閉めたら電車が走り出す」という冗談みたいに聞こえる状況が、本当にできていた。

海外珍ニュースは、発生した日の記事だけ読んで終わったらダメなのかもしれない。「で、その後どうなった?」まで掘ると、表よりB面のほうがずっと濃い事件が出てくる。

参考資料