街じゅうウーパールーパー、野生は「捕獲ゼロ」――メキシコシティ“アホロートル化”の奇妙な現実

2026年6月8日、サッカーW杯の開幕を目前にしたメキシコシティで、妙な「生物の大量発生」が起きていた。

日本で「ウーパールーパー」として知られるメキシコサンショウウオ、アホロートル(Ambystoma mexicanum)である。もちろん本物が道路を這っていたわけではない。明るい紫色のアホロートルが壁画、地下鉄車両、オブジェなど、街のあちこちへ登場していた。

ところが同じころ、本来の生息地であるメキシコシティ南部・ソチミルコの水路では、研究者が野生個体を探しても網に1匹も入っていなかった。

街ではウーパールーパーが増殖しているのに、野生では「捕獲ゼロ」。ただし水を調べると、そのDNAだけは見つかる。 これが現在のアホロートルを取り巻く、かなり奇妙な状況である。

実はW杯の公式マスコットではない

まず誤解しやすい点を整理しておきたい。アホロートルは2026年FIFAワールドカップの公式マスコットではない。メキシコを担当する公式マスコットは、ジャガーの「Zayu」である。

一方、メキシコシティではアホロートルが地元の象徴として大量に使われ、Reutersはこれを「非公式マスコット」と表現した。街がアホロートルだらけになる現象には、現地で「ajolotización(アホロートル化)」という呼び名まで付き、巨大アホロートルが街を暴れ回るネットミームまで登場した。

要するにFIFAがウーパールーパーを推したのではなく、W杯を迎えるメキシコシティ側で、もともと人気の地元生物が一気にキャラクター化されたのである。


W杯前のメキシコシティでアホロートルの壁画や装飾が街に広がる様子を描いたイメージ
AI生成による解説イメージ。実在する壁画・車両・街並みをそのまま再現したものではありません。

1998年「6000匹」から2014年「36匹」へ

しかし、野生個体の数字を見ると雰囲気は一変する。

UNAM(メキシコ国立自治大学)によると、ソチミルコでは1998年の調査でアホロートルが1平方キロメートルあたり約6000匹と推定されていた。それが2014年には、わずか36匹/平方キロメートルまで落ち込んだ。

ここで「野生には36匹しか残っていない」と書いてしまうのは間違いである。36という数字は総個体数ではなく、あくまで生息密度だ。

そして2024年から新しい調査が始まったが、従来型の網を使った調査では野生個体を捕獲できていない。2026年6月28日のUNAM発表でも、新しい個体数調査の結果はまだ解析中とされていた。

つまり「現在の野生個体はゼロ」と判明したわけではない。正確には、「いることは分かっているが、従来の方法では捕まえられないほど見つけにくくなっている」という状態だ。


ソチミルコの水路で研究者が空の網を上げ、環境DNAの痕跡を調べる様子のイメージ
AI生成による調査イメージ。実際の調査では網で野生個体は捕獲されず、環境DNAから存在が確認されています。画像内のDNA表現や水中の個体は説明のための象徴表現で、実際に撮影・観察されたものではありません。

網ではゼロ、しかし水の中には「置き土産」がある

そこで使われているのが環境DNA(eDNA)である。

生き物は皮膚片や粘液、排泄物などを通して微量の遺伝物質を環境中へ残す。水を採取して調べることで、姿を直接捕まえられなくても、その場所に生物が存在する痕跡を捉えることができる。

今回の調査では網にアホロートルは入らなかったものの、環境DNAからは存在が確認されている。Reutersの取材に対し、調査を担当したVania Mendoza氏も「彼らがそこにいることは分かっている」という趣旨を説明している。

ただし、今回公表されている環境DNAの結果だけで、最新の生息密度まで示されたわけではない。だからこそ、「絶滅した」でも「まだ大丈夫」でもない。存在は確認できる一方、現在の個体数の全体像はまだ確定していないのである。

しかも野生の姿は、あの「ピンク色」ではない

もう一つ、珍動物好きには面白いところがある。

UNAMによれば、野生のアホロートルは基本的に緑がかった褐色から暗色である。日本のペットショップやキャラクターでおなじみの白っぽい体にピンク色の外鰓、そしてメキシコシティを飾った派手な紫色とはかなり印象が違う。

つまり街を占領したのは、かなり「キャラクター加工」されたアホロートルだ。野生の地味なアホロートルが消えかける横で、派手なアホロートルだけが都市の中で猛烈に繁殖している。 皮肉と言えば、かなり出来すぎた構図である。

原因は「かわいい動物を守れば解決」ではなかった

アホロートル減少の背景には、都市化、水質悪化、生息地の縮小、そして外来魚など複数の問題が重なっている。

とくにソチミルコではコイやティラピアなどの外来魚が問題視されている。さらにUNAMのLuis Zambrano氏はReutersに対し、十分に処理されていない排水の流入、浅い湿地に土を盛ってつくる伝統農地「チナンパ」のサッカー場への転用、観光客の集中なども生息環境への圧力になっていると指摘した。

これは水槽でアホロートルを何千匹増やしても、そのままでは解決しない問題である。必要なのは「個体を増やすこと」だけではなく、「野生で生きられる水路を残すこと」だからだ。


飼育下のアホロートルとソチミルコの野生環境を対比したイメージ
AI生成による比較イメージ。特定の研究施設や水路を再現したものではありません。右側のアホロートルも説明上の象徴で、今回の調査で実際に撮影された野生個体ではありません。

では行政は「アホロートルを描いていただけ」なのか

ここも単純化すると事実から外れる。

Reutersの記事では、キャラクター人気ばかりが先行し、保全が追いついていないという研究者や市民の批判が紹介された。Reutersの取材に対してメキシコシティ政府は回答しなかったが、その5日前の2026年6月3日には、アホロートルの保全策として、公的な保全研究施設の運用、30か所のチナンパ地域の回復、ソチミルコ生態公園でのサンクチュアリ整備、排水流入を止める対策などを公式に発表している。

さらに7月22日には、UAM(メキシコ自治大学)の研究施設CIBACが、ソチミルコ生態公園のHuetzalin湖へ約800匹を放す計画を進めていると発表した。3年以上にわたり水質や餌、生息条件を調べたうえで、2026年末ごろの放流を目指すとしている。

担当研究者は、放した個体の10~20%が生き残れば重要な成果になるとの見方も示した。それだけ、飼育下で増やすことと野生へ戻すことには大きな差がある。

したがって、この話を「行政はキャラを描くだけで何もしない」と片付けるのも違う。実際の構図はもっとややこしい。保全活動は進んでいる一方、W杯前の街では商品化と「アホロートル化」が強く目立ち、その落差が可視化されたと見る方が近い。

UAMの専門家は、人気の高まりが保全への関心を生む一方、過剰な商品化、誤情報、無責任なペット購入や違法取引を増やす可能性もあると警告している。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★★☆☆☆
社会的深刻度
★★★★☆

【編集者が思うこと】

俺が一番引っかかるのは、野生のウーパールーパーより、キャラクターのウーパールーパーの方が圧倒的に元気になってしまったところなんだよな。

地下鉄にはいる。壁にもいる。グッズにもいる。水槽にもいる。なのに、本来いるはずの水路へ網を投げると入ってこない。水を調べてようやく「DNAはあります」となる。

ただ、市が何もやっていないわけでもなかった。研究施設もサンクチュアリも再導入計画もある。だから「役所が悪い」で終わらせるより、こっちの方が妙だと思う。みんなアホロートルは好きなのに、アホロートルが暮らせる場所を維持する方は、とんでもなく難しい。

かわいい絶滅危惧種をキャラにするのは簡単。でも結局、守らなきゃいけないのはキャラじゃなくて、泥臭い水路なんだよな。

参考資料