夢が「追放令」になった村――タイ北部、“黒魔術”を疑われ7世帯に退去圧力

夢に出てきた人間が、自分を呪っていた――。

そんな話を聞いたとき、「ただの夢だ」と片づける人もいれば、何かの知らせではないかと考える人もいる。霊や呪いを信じるかどうかは、人それぞれだ。

ところが2026年10月、タイ北部メーホンソーン県ソップムーイ郡では、その「夢」から現実の一家を村から追い出す話にまで発展した。

しかも退去を求める話は、最終的に7世帯へ拡大した。家族・親族40人超が騒動の影響を受けたと報じられている。

タイ北部の山村で、若者の夢から黒魔術への疑いが生まれる様子を描いたイメージAI生成による解説イメージです。実際の現場・人物・民族・儀式を再現したものではありません。

発端は「夢の中で、あの家に呪われた」

現地報道によると、発端になったのは村に住む20歳以下の若者1人だった。若者は慢性的な体調不良を抱えており、両親に「夢の中で、ある一家の祖父母と末の叔母が黒魔術をかけていた」と話したという。

さらに若者は、村で起きているほかの原因不明の病気も、その一家が関係していると訴えたとされる。

ここは注意したい。一家が実際に呪術を行ったことや、病気が呪術によって起きたことを裏付ける医学的・客観的な証拠が確認されたわけではない。 あくまで若者の夢と、それをめぐる一部住民の受け止めから始まった話である。

しかし噂は村に広がった。住民らは村長に相談し、一家の家を取り囲んで圧力をかけたと、被害を訴える男性は説明している。

「誓いの水」を飲んで、村から出ていく

話は怪談の範囲では終わらなかった。当初は、疑いをかけられた祖父母と叔母側の2家族に「誓いの水」を飲ませ、その後に村を離れてもらうという案だったとされる。

タイで「誓いの水」という発想自体が突然生まれたわけではない。2024年にも寺の寄付金紛失をめぐり、僧侶や住民が水を飲んで身の潔白を誓う儀式が行われている。歴史的にも、水を用いて誓約する儀礼はタイに存在してきた。

だが今回、それだけでは済まなかった。要求は一族へ広がり、一族の子や孫にあたる6人を中心とする7世帯・30人超を村に住ませないという話に発展したと報じられている。さらに一家側は、退去しなければ危害を加えるとの脅迫も受けたと訴えている。

タイ北部の山村で、誓いの水をめぐる長時間の協議を象徴したイメージAI生成による解説イメージです。実際の協議、参加者、衣装、誓いの水の具体的な形式を再現したものではありません。

10時間話し合って、なぜ「家を壊して出ていく」になったのか

一家側は警察と、タイ内務省系の苦情・行政相談窓口である「ダムロンタム・センター」に助けを求めた。

その後、行政側も加わったとされる協議は午前9時から午後7時まで、10時間以上続いた。

ところが報道された合意内容には、祖父母と叔母側が10月10日に誓いの水を飲んだあと村を離れること、村へ戻らないこと、さらに家屋を撤去することまで含まれていた。4人が当初、やむなく退去に同意したとも報じられている。

怪談なら「怖い話」で終わる。だが夢の内容によって現実の住まいまで失いかねない状況になった瞬間、これはもう怪談ではなく社会問題である。

翌日、郡長が「追放は違法」と明言した

そして2026年10月7日、ソップムーイ郡長が事態について説明した。

郡長は、個人的な信仰や夢を根拠に誰かを犯人扱いし、7世帯を村から追放することはできず、違法であるとの立場を明確にした。問題の世帯が普通に生活し、違法行為などをしていない限り、村に住み続ける権利があるとしている。

タイの地方行政法でも、村長には住民の安全や秩序を守り、住民間の融和を図る役割が定められている。一方、黒魔術を疑われた住民を独自に「追放」する権限は確認できない。タイ憲法38条は移動と居住地を選ぶ自由を保障し、その制限は法律に基づく場合に限るとしている。

郡は行政担当者を現地へ派遣し、警察も私服捜査員を含む警戒態勢を取ることになった。ただし郡長によれば、村では村の祖先に関する信仰が今も強く、10月7日時点で対立そのものは解消していないという。

タイの村社会における信仰と国家の法律の境界を象徴したイメージAI生成による象徴的な解説イメージです。実際の村の宗教施設、警察官、行政職員、民族衣装を再現したものではありません。

タイで「呪術」は、完全な昔話ではない

この事件を「迷信深い村の特殊な話」で済ませるのも少し違う。

タイ国立開発行政研究院のNIDA Pollが2023年に全国の18歳以上の仏教徒1,310人を調査したところ、「幽霊・不可思議な存在」を「かなり信じる」「ある程度信じる」とした人は合計53.47%。「呪術・ไสยศาสตร์」についても合計38.64%だった。

だから、霊や呪術を信じること自体が今回の問題ではない。日本にだって厄除け、お祓い、祟り、夢のお告げという文化はある。

問題は「信じる自由」と、「その信仰を根拠に他人を裁くこと」の境目だ。 見えないものを信じる権利があるのと同じように、「お前が呪った」と証拠なしに決めつけられ、家を捨てさせられない権利もある。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★☆☆☆☆
社会的深刻度
★★★★★

【編集者が思うこと】

俺は霊とか呪いを最初から「そんなものあるわけない」で笑う気はない。世の中には説明できないこともあるし、夢が妙に引っかかることだってある。

でも今回、そこじゃないんだよな。

「夢であの家の人が出てきた」から始まって、村の大勢が信じて、最後は「家を壊して出ていけ」まで行ってしまった。 ここまで来ると、黒魔術が本当にあるかどうかとは別問題だ。

日本から見ると、10時間も行政を交えて話し合った末に、いったん「出ていく」という方向へ進んだところが一番引っかかる。そして翌日になって郡長が「いや、それ違法だから」と止めに入った。

今回いちばん怖いのは呪いそのものではなく、大勢が一つの疑いを信じた瞬間、夢が「証拠」のように扱われてしまったことなのかもしれない。

参考資料