2026年9月28日、午後9時ごろ。南米チリの首都サンティアゴで、信じられない光景が撮影された。
交通量のある大通りを路線バスが走っている。その後方へ、パラシュートを開いた人物が着地。さらにもう1人が、走行中の乗用車のすぐ近くへ降りてきたのだ。
場所はビクーニャ・マッケンナ(Vicuña Mackenna)大通り。マッタ(Matta)通りとの交差点付近と報じられている。
チリ民間航空総局(DGAC)は、この降下を許可していないとして調査を表明。現地では、最大約2億7,678万チリペソの罰金もあり得ると報じられた。
ところが航空法の原文と別の現地報道を調べると、単純には片付かない問題が見えてくる。罰金額が報道によって約1億ペソも違ううえ、そもそも今回の降下に航空機用の規則をどう適用するのか、という疑問まで出てきた。
青信号になったら、空から人が降りてきた
事件の映像は、現場を走っていた車の車内から撮影された。最初の人物はバスの後方へ着地。もう1人は撮影車両のすぐ近くへ降下している。
9月30日のテレビ番組「Tu Día」に出演した撮影者のNicolとAlejandroによれば、2人目が迫ってきたとき、車の信号は青になった。運転していたAlejandroは、降下者を避けながら慎重に前進したという。
しかも夜間で、パラシュートは黒色だったとの証言もある。視認しにくい条件だったわけだ。

AI生成によるイメージ。実際の車載映像や道路状況を再現したものではありません。
仮に車が時速60kmで走っていたら、1秒間に約16.7m進む。これはブレーキを踏んでからの距離ではなく、単に1秒間で進む距離だ。危険を認識する時間と制動距離は、さらに必要になる。
現場の車両速度は分からないため、これは危険性を理解するための仮定計算にすぎない。それでも、空から降りてくる人間は、道路上の通常の障害物以上に発見と予測が難しいことは想像できる。
飛行機からではなく、ビルから飛んだ?
今回、もう一つ興味深いのが降下方法だ。
Canal 13やBioBioChileなどは、2人が「BASEジャンプ」をしていた可能性を報じている。
BASEとは、Building(建物)、Antenna(鉄塔)、Span(橋)、Earth(崖など)の頭文字。航空機ではなく、建物や橋などの固定物から飛び降りるパラシュート競技を指す。
一般的なスカイダイビングとは違い、高度が低ければパラシュートを開いてから着地するまでの余裕も小さくなる。

BASEジャンプの概念イメージ(AI生成)。実際の事件現場や出発地点ではなく、背景も架空の都市です。
現地テレビではビルから飛び降りた可能性が伝えられているが、実際の出発地点、建物への立入許可、2人の身元や動機は、確認できた公開資料では確定できない。
ここから、法律上の少し妙な問題が生まれる。
航空規則を読んだら「飛行機から」と書いてあった
チリには、DGACが所管する「DAR Parte 105」というパラシュート降下の航空運用規則がある。
第105.5条は、対象となる降下運用にDGACの書面による許可を要求し、地上の人や財産に危険を及ぼさないことを求めている。
第105.21条では、市街地などでの降下について、DGACの許可に加え、着地場所の所有者または管理者の許可も規定されている。つまり、航空機からの市街地降下を無条件に全面禁止する構造ではない。
だが、第105.3条の定義では、パラシュート降下は「飛行中の航空機から」人が降りる行為とされている。
実際、第105.15条の許可申請項目には、使用する航空機の登録番号まで含まれている。
もし今回の2人がビルから飛んだのであれば、規則が直接想定している「航空機からの降下」とは条件が違う。
もちろん、それだけで合法になるわけではない。別の法令や規制の対象となる可能性もある。ただし、どの条文を根拠に、どのような違反を認定するのかは、当局の調査結果を確認しなければ断定できない。
最高2.7億ペソ? 別の報道では1.78億ペソだった
続いて罰金を調べてみた。
チリ航空法(法律第18.916号)第185条は、犯罪に当たらない航空法規違反について、書面警告、罰金、免許停止、免許取消などを規定している。
罰金の範囲は「最低月額所得の5~500倍」。ところが2026年のチリでは、この計算に使われる金額に複数の区分が存在する。
9月29日のT13は、一般労働者向け最低月額所得553,553ペソを使用。一方、CNN Chileは、非賃金目的の最低月額所得356,815ペソを使用していた。
法律第21.830号に記載された両方の金額で再計算すると、こうなる。
| 計算基準 | 最低額(5倍) | 最高額(500倍) |
|---|---|---|
| 一般労働者向け | 2,767,765 | 276,776,500 |
| 非賃金目的 | 1,784,075 | 178,407,500 |
単位:チリペソ。2026年9月時点の法定額をもとに独自計算。航空法第185条が適用されると仮定した一般的な計算範囲であり、事件当事者への確定処分額ではない。
最高額の差は、なんと98,369,000ペソ。約9,837万ペソも違う。
チリ労働局も非賃金目的の最低月額所得を356,815ペソと明示しており、行政罰の計算という点では、CNN Chileが採用した区分が重要になる。
ただし、どちらの金額も「今回の2人に科される罰金」ではない。
第185条は一般的な処分範囲を示したものだ。そもそも今回の行為にどの航空法規が適用されるのか、違反が認定されるのかによって話は変わる。
大きな数字ばかりが注目されるが、法的にはその一歩手前の確認が必要なのだ。
日本でも「飛行機から」が境界になる
日本の航空法第90条も、国土交通大臣の許可を受けなければ「航空機から」落下傘で降下してはならないと定めている。
つまり、日本でも航空機からの降下と、建物からのBASEジャンプでは、まず検討する法律上の条件が異なる。
ただし、建物の利用、道路交通への危険、第三者への損害などは別の問題だ。航空法の特定条文が直接適用されないからといって、自由に実施できるわけではない。
空を利用する危険行為でも、「どこから飛び出したか」で適用を検討する規則が変わる。これは日本から見ても興味深い。
結局、2人はどうなったのか
DGACは9月29日、今回の降下について許可を出していないことを説明し、調査を開始すると表明した。
一方、2026年10月12日までに確認できた公開資料では、2人に対する最終的な行政処分や罰金額は確認できていない。
出発地点も、正式な違反認定も未確定だ。
今回の事件で確かなのは、2人が夜間の車道へパラシュートで降りてきたこと、そして当局がその危険性と法令上の問題を調査対象にしたことまでである。
【編集者が思うこと】
パラシュートで夜の大通りに着地するなんて、映像だけ見れば映画のスタントみたいだ。
でも、俺が引っかかるのは飛んだ2人の度胸じゃない。下を走っていた車の運転手は、そんなことを予想していないという点だ。
しかも法律を調べてみたら、飛行機から飛んだのか、ビルから飛んだのかで規則の話まで変わってくる。罰金額も報道によって約1億ペソ違う。
ニュースでは「最大いくらの罰金か」が面白がられやすい。だが、そもそも何の違反なのかを確認する方が先だろう。
空から見れば道路は着地点かもしれない。でも道路を走る側からすれば、頭上から人が降ってくるなんて、想定する義務まで背負わされたらたまらない。
参考資料
- チリ国会図書館:政令208号・DAR Parte 105(パラシュート降下の航空運用規則)
- チリ国会図書館:法律第18.916号・航空法第185条
- チリ国会図書館:法律第21.830号・2026年最低月額所得
- チリ労働局:2026年最低月額所得の区分と金額
- T13(2026年9月29日):大通りへの降下とDGACの調査
- T13(2026年9月29日):航空法の罰金額に関する報道
- CNN Chile:非賃金目的の最低月額所得による罰金額の計算
- Canal 13(2026年9月30日):目撃者の証言とBASEジャンプに関する報道
- BioBioChile(2026年9月29日):現場付近と降下方法に関する報道
- 日本・e-Gov法令検索:航空法第90条
- 日本・国土交通省:航空法第90条に基づく落下傘降下の許可手続き