水没車を救おうとして2人死亡 タイ洪水、クレーンが電線に触れた「二次災害」

2026年9月27日午前1時20分ごろ、タイ・サムットプラーカーン県バーンプリー。数日間の豪雨で住宅地が深く冠水するなか、水没した乗用車を救い出すために始めたクレーン作業が、別の惨事につながった。

現場の水深は1.2mを超えていた。現地報道と家族の証言によれば、クレーンで車を高い場所へ移そうとしたところ、ブームの先端が頭上の電線に接触。31歳のオペレーターが感電して水中へ倒れ、助けようと近づいた40歳の車の所有者も感電した。2人とも死亡した。

洪水で車を失わないための「救出作業」が、人命を失う二次災害へ変わってしまったのである。

水は足元、危険は頭上にあった

現地報道によれば、事故が起きたのはバーンプリー・ヤイ地区、King Kaew 19の住宅地。冠水が深く、救助隊も車高を上げた四輪駆動車で現場へ入ったという。少なくとも、通常より厳しい環境で車両の救出作業が行われていたことはうかがえる。

家主が依頼したのは6輪のクレーン車だった。妻の証言によると、作業中にブームの先端が電線へ接触し、オペレーターが感電。近くにいた家主が救助に入り、さらに感電した。妻はその後、電力会社へ送電停止を求めたと話している。

なお、亡くなった家主のThanakrit Chimpalee氏は、タイのスポーツ報道では「Coach Rak」として知られ、かつてタイ・サッカー代表のスタッフを務めた人物だったと報じられている。

冠水した住宅街で水没車をクレーンで引き上げる様子と頭上の電線を描いたイメージ
AI生成による解説用イメージであり、実際の事故現場・車両・人物を再現したものではありません。

バンコク市内ではない。しかし豪雨は同じだった

現場のサムットプラーカーン県はバンコク都の隣にあり、今回の事故を「バンコク洪水とは無関係の地方事故」と切り離すのも正確ではない。

タイ気象局によると、9月21~27日のバンコク首都圏ではほぼ一週間にわたって広い範囲で雨が続き、特に9月25日はサムットプラーカーン県とバンコクのほぼ全域で激しい~非常に激しい雨となった。26~27日にはサムットプラーカーンでも洪水が続いた。

27日にはバーンプリーを含むサムットプラーカーン県6郡が災害区域に指定されている。豪雨に加え、高い潮位も冠水を悪化させたとされた。

つまりこれは「洪水の最中に偶然起きた事故」ではなく、首都圏を襲った広域豪雨のなかで発生した二次災害と見るのが妥当だろう。

タイにも「電線から離れろ」という基準はある

ここで「またタイのいい加減な作業か」で片付けると、大事な部分を見落とす。

バンコク、ノンタブリー、サムットプラーカーンの電力を担当するMEA(首都圏電力公社)は、高圧線付近で機械を使用する場合、12~24kVの線なら最低3.1m、69~230kVなら最低4m離すよう注意喚起している。

つまり少なくとも、電力会社は具体的な安全距離を示している。問題は、1.2mも冠水した深夜の住宅街で、急いで車を移動させようとした現場に、その安全管理がどこまで持ち込まれていたかである。

ただし、今回接触した電線の電圧、作業前に電力会社へ連絡していたか、現場でどの安全距離を確保すべき状況だったかについては、公開された情報だけでは確認できない。したがって「業者が法令違反だった」と断定することはできない。

冠水した道路でクレーンのブームと頭上の電線の位置関係を示した安全解説イメージ
AI生成による安全解説用イメージです。実際の事故時の電線位置やクレーン配置を再現したものではありません。

倒れた人を助ける――それが危険になる事故

この事件でもっとも重いのは、二人目の犠牲である。

目の前で人が倒れれば、普通は助けに走る。しかし電線に接触した大型金属機械では、クレーン本体やその周囲が危険な状態になっている可能性がある。しかも今回は、人が水中を歩いて近づかなければならない冠水環境だった。

感電事故では、まず電源を切ることや、活線の可能性がある場所へ不用意に近づかないことが重要になる。人を助けようとする本能と、電気事故で必要な行動が正反対になるところに、この事故の怖さがある。

洪水対策というと排水ポンプ、土のう、車の移動ばかりに目が向く。しかし、冠水した街には電柱、配電設備、建設機械、看板など、普段なら問題にならない物がそのまま残っている。

水が引くまで危険なのではない。水がある状態で「何とかしよう」と動き始めた瞬間にも、別の危険が立ち上がる。

洪水の住宅街で水没車の救出と電気設備への対応を描いた二次災害の概念イメージ
AI生成による二次災害の概念イメージです。実際の現場にこの高所作業車や人数の救助・電力関係者が配置されていたことを示すものではありません。

B面メーター
地球のB面・編集部判定
B面度
★★★★★
マヌケ度
★☆☆☆☆
社会的深刻度
★★★★★

【編集者が思うこと】

タイの現場を見ていると、「まあ何とかなるだろう」で話が進んでいるように感じて、こっちがヒヤヒヤする場面がある。だから今回も、最初は「またか」と思ってしまった。

でも調べると、そこが妙なんだよな。電線から何m離せという基準まで、ちゃんとある。ルールがない国の事故ではない。ルールがあっても、洪水で車が沈み、夜中に「今すぐ何とかしなきゃ」となった現場では、それが機能しなかった可能性がある。

日本でも水没しかけた自分の車を見れば、「まだ助けられる」と思う人はいるだろう。だが車は買い直せても、人間は戻らない。

今回の事故で一番引っかかるのはそこだ。洪水の被害を減らそうとした行動が、洪水より重い被害を作ってしまった。災害時には、専門機関への連絡より先に「とりあえず何とかする」と動くこと自体が、新しい危険を作る場合があるのである。

参考資料